たとえばの話

 いま進行しつつあるデジタルシネマへの移行は、“映画”というものが生き残っていくための全世界的な時代の流れとして避けて通れない事実です。
 35㎜フィルムの意義と存在価値は大きいですが、産業としての映画はその時期を終え、外界がデジタル社会であることに呼応して、デジタルシネマ期へ適応していかないと、絶滅したり化石になってしまうかもしれません。
 言ってみれば、「サイレントからトーキー」「モノクロからカラー」に匹敵するような歴史的な大過渡期を迎えています。

 35㎜フィルムや映写については、文化として、つまり文化財なものであり、伝統芸能的な上演芸能として、保存されていくことができれば、継承されていけるかもしれません。そのためには、現状認識と保存への意志をもとに対策を講じていく必要がありますが、それについては一般的なデジタルシネマ移行とは別途に切り離して考えていくほうがよいでしょう。

 さて、デジタルシネマに移行することのメリットも多いのですが、いま問題となってきているのは経済的なコストの面です。

 ハリウッドのメジャー映画会社によって定められたDCI(デジタル・シネマ・イニシアチブ)規格のDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)上映機材は、ハイスペックで高価なものです(購入費用は1千万円程度)。高価ゆえデジタルシネマ導入が進まなかったので、ハリウッド・メジャーは、リース契約のような仕組みとして、VPF(ヴァーチャル・プリント・フィー)契約システムをすることにしました。

 VPFとは、配給会社と映画館でデジタルシネマ設備費用を分割負担するシステムです。それまで全国一斉公開のために100本以上ものフィルムを作っていたメジャー配給会社は、フィルム費用分が大幅に軽減されるので、映画館のデジタルシネマ上映設備の費用を一部負担するというものです。

 しかし、ミニシアター系の配給会社は、もともとフィルムは1〜2本程度しか作っていなかったので大幅なコスト軽減とはなりません。また、大手の基準で計算されたVPFは、ミニシアター系の配給会社と地方の映画館にとっては、、条件がそぐわず、過重な負担となり、これまでやっていたような作品を上映することは採算的に成り立たなくなります。小規模な映画やインディペンデント映画の上映の機会が失われてしまうのです。これは、配給会社と映画館の問題だけでなく、映画の作り手と観客にも関わってきます。また、ミニシアターによっては、機材がオーバースペックだったり、スペース的に大きすぎて設置できなかったりという場合もあります。それに、VPF契約をすると、DVDやブルーレイ上映であってもVPF費用を徴収されることになるので、そういった上映は割高になり採算が取れず成り立たなくなります。これでは自主映画の上映も難しくなります。

 要は、グローバリゼーションによる合理化と経済格差という問題で、大手が主導するやり方によってコストが上昇し、資本力の弱い個人経営だとそれに合わせてたら、やっていけなくなります。ハリウッドのデジタルシネマ推進をおおもととして、それに追随して日本の大手の映画会社はVPFを導入し、そして映画業界で経済的な淘汰に拍車がかかるということです。

 これは、地方都市に大型ショッピングモールができて既存の商店街が壊滅することに似た状況です。もしかすると、数年後に日本にはシネコンしかない、ということになったら……。

 また、たとえて言うなら、町の喫茶店スターバックスのことに似ているかもしれません。こだわりオヤジがやっている渋い喫茶店や素敵なおねえさんのやっているカフェなどいろいろなお店があったとして、スターバックスができると町の若者たちはそちらへ行くようになり、個人経営の喫茶店はさびれ、豆を卸していた会社も立ちいかなくなります。

 それで、コーヒー豆の加工法が革新され、コーヒーを淹れるための新たな方式ができ、そのための高価な機械をスターバックスは導入したとしても、その機械を個人経営の喫茶店が入れるにはコストもかかりすぎるし、設置するのも大きすぎて無理がある、しかし新しい方式でコーヒーを淹れないとやっていかれないし……というような状況です。

 やっぱり、有機栽培の豆やこだわりの産地直送の豆など、個人経営の店でしか出せないものもあるでしょうし、またそれぞれのお店で過ごす時間やその空間というのは、スターバックスとはまた違った良さがあるでしょう。無くなってしまったら、さびしいものです。

 とはいえ、喫茶店も商売ですから、採算が合わなければやっていかれない。どうしたらいいのか、豆を扱う卸し会社や各地の喫茶店などが結集して、スターバックスとは異なる条件で低コストであり喫茶店に向いている方式を開発しなければ、というところです。

 そして、スターバックスがどんなに人気でも、それはそれとして、喫茶店のファンがいたり、お客さんが喫茶店があってほしいと思っているニーズがあるのかないのか、ということが重要になってくるでしょう。

 とにかく、後になって状況がすっかり変わってしまってから、「知らなかった」「何とかすべきだった」と言っても「あとのまつり」ですし、今まさに、どういうことが起こりつつあるのか関心を持つことが大事です。

 そして、消費者としてエンドユーザーとして、好きなものや無くなってほしくないものについては支持の声をあげていきましょう。

 例えば、商店街の昔ながらの豆腐屋さんや老舗のおまんじゅう屋さんや行きつけの珈琲店があったとして、大型ショッピングモールが盛況で商店街が傾いていくとしたら、どうしますか。

 実際に、お客さんの1人1人がお店を支えているのだし、応援団でもあるのです。